グリッド・ロック
ブログの記事が書かさらない。書けるようなネタはここ一か月以上で沢山たまっているのに、いやたまっているからこそ、取り掛かれなくなってしまった。こういう時には、言い訳をするに限る。
冒頭の「書かさらない」という表現の意味がすんなり分かった方は、私と同郷か近隣都道府県の出身者だろう。方言なのだ。「○○さる」「○○さらない」「○○されば」のように活用されるこの言葉の意味を標準語で説明するのは少し難しい。例文を挙げると、
「このペン、インクが切れて書かさらない。」
「イヤホンのコードがカバンの中で結ばさってしまった。」
「別の予定が先にあって、今日の同窓会は行かさらない。」
こんな使い方をする。
自分の意志ではなく、また誰かに責任があるわけでもなく、自然の成り行きで起こったことというようなニュアンスを持たせる表現だ。私はこれを、日本人的な少しずるくて美しい表現だと思っていた。また私は地方出身だが、両親の東京暮らしが長かったため標準語で育てられた。地元の訛りはほとんどない。
だから、大学で他地方の人々に「それ方言だよ」と言われた時にはひどく驚いた。書かさらない、行かさらないは「書けない」、「行けない」に入れ替えても大きくニュアンスはずれない。しかし「イヤホンが結ばさる」に関しては、これ以上ぴったりくる表現が見つからない。他地方の皆様はなんと言っているのか。「結び目ができてしまう」?長すぎる。
ブログの記事も、書かさらない。書かない意思があるわけではない。書けない理由もない。ネタも時間もいくらでもあった。ただ、なんとなく、書かさらなかった。自己分析するとこれは、頭の中でタスクがグリッド・ロックを起こしているのだと思う。
グリッド・ロックとは交差点に進入した車が抜け出せなくなり交差車線も詰めてしまうことに起因する、渋滞の一種だ。これは私の様なズボラな人間の頭の中によく似ている。タスクの優先順位が混乱して、結局どれにも手が付かなくなるのだ。
夏休み明けに重めのテストがあるから、勉強しなきゃ。いやその前に、提出期限が割と近い実習のレポートを書かなければいけない。でも今度の土日は親戚の家に行くから早く予定調整をしないと。一か月前に買った本をいい加減読み始めないと。先生に勧められた映画も観なければ。記事の更新が滞ってるから、何か書くのが先か?いやいやそんなことより勉強が・・・
やらなければいけないことから、他の理由をつけて逃げる。「他の理由」からも逃げる理由があるわけで、「そんなことより○○の方が先だ」が永遠につながって円環状に戻ってきてしまう。結果的に、どれもやらさらない。実際頭の中は円環というより、逃げの理由が複雑に絡み合った蜘蛛の糸の様な構造をしているが、表現としては脳内グリッド・ロックというのが個人的には一番しっくりくる。
タスクが渋滞にはまる原因は、やら「なければいけない」という意識だ。だから衝動的にやりたいことやボンヤリできる暇つぶしの様なものは交差点を飛び越える。大抵最終的にはTwitterや動画サイトがふんわりと私を包み込んで、膠着状態のタスクはまるごと放っておくことになる。また、去年の進級試験前にFactorioというゲームにドはまりしてしまい、全てを吹き飛ばして週100時間弱もやってしまった。
渋滞が解除されるのは、どれか一個のタスクを無理やり終わらせた時などだ。課題の提出期限が翌日になるなど、明らかに一つのタスクの優先順位が高くなると、他の車に激突してでも交差点を強行突破する。交差点事故の後処理がまた面倒になることもあるが、いちおう車線は動き出す。この記事を書き始められたのも、レポートを期限当日滑り込みで提出してきたからだ。
渋滞は一応原因になる人物はいるようだが、複雑な現象でほぼ自然災害に近いと言ってもいい。脳内グリッド・ロックもまた然りだ。タスクを与える人たちも、それを渋滞させてしまう私も悪くない。ただ、何もやらさらなくなってしまっているだけだ。うん。
「○○ささる」について、雑談の種として大学の先生に話してみた。すると先生はこの本を勧めてくださった。
先生は「ささる」は、能動態「する」でも受動態「される」でもない、現在では失われた中動態の生き残りではないかという。その中動態について書かれたのがこの本だ。私が話せる数少ない方言だから、地元のアイデンティティとしてこの表現は大事にしていきたい。この本に書かれているのは、きっと「ささる」と同じ構造をした言葉についてだろう。この本は是非読まなければいけないと思い、先生にお話を聞いたその日にAmazonで購入した。読まなければいけない。読まなければいけないのだ。この本もまだ、渋滞のどこかにいる。
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