いや誰だよお前
「額面が空白の小切手」って、なんだかワクワクする。当然である。5000兆円とか書いたらどうなるんだろうなと鼻の下が伸びるが、こんなものが登場するのはどうせカタギの取引ではないのであまりふざけた事をすると命が危ない気もする。
先日、病院実習でこれと似たようなものを目撃した。小切手の件と違い怪しさは無い。遠隔地から受診された患者さんの病気がさほど悪いものではなかったので、地元の診療所に定期的にかかれば良いという方針になった。しかしその患者さんは生来健康でほとんど初めての病気だったらしく、かかりつけ医というものがいない。地元にどんなクリニックがあるかもあまり把握していないようだった。
重大な病気なら医者ネットワークで最寄りの医師を紹介するのだが、それほどの騒ぎでも無い。ということで、紹介状を書く指導医の先生はこう言った。「宛先の無い紹介状を書いておきますので、お近くのクリニックに持ち込んでください」。
宛先の無い紹介状!どことなく詩的で、知らない世界に連れて行ってくれそうな夢が広がる言葉だ。何度も頭の中でこの言葉が反響し、診察見学中に夢心地になっていたが、先生が書いていた文面を見て現実に引き戻された。
冒頭が「いつも大変お世話になっております」で始まっている。シンプルに嘘だ。偶然交流のある医師のところに持ち込まれる可能性もあるが、まったく知らない医師からしたら「誰だよお前」状態である。なんてことをしてくれるのか。台無しだ。こんなことを書かれると、いっそオオトカゲの闊歩するインドネシアはコモド医療センター※にでも行ってやろうかという気分になる。お世話になれるもんならなってみろ。いや、私患者じゃ無いけどさ。
冷静になろう。まず、専門領域の疾患であったから、学会等で医師同士が顔見知りになっている可能性はそれなりに高い。「いつもお世話になっております」が嘘になる確率は思ったよりも低いのかもしれない。
更に、紹介状の冒頭なんか誰も気にしない。基本的に読み飛ばされる。いつも大変お世話になっておりま「せん」に変えてしまっても半分くらいの先生は気づかないのではないだろうか。忙しいひと同士の文書のやり取りに、ロマンを求めるのはお門違いというものなのかもしれない。コモド空港行きの飛行機をそっとキャンセルし、真面目に見学を続けようと思った。
※実在しない。そもそもコモド島は人口2000人ほどで他の島と近いためか、調べた限りでは診療所も無い。
サムネイル写真 いらすとや様
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