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太陽と眠る男

2022年4月29日

 2022年4月26日、現地時間で午前1時23分、日本時間では午前6時23分、チェルノブイリ原発事故発生から36周年を迎える。即ちヴァレリー・イリイチ・ホデムチューク氏の36回忌でもある。事故で命を落とすことが無ければ、71歳になっていらしたはずだ。

妻子と

 チェルノブイリ原発事故について、インターネット上でこのような噂をたまに見かける。「チェルノブイリの作業員達の遺体は回収できず、そのまま封じ込められ現在でも腐敗していない」。「爆発の熱で蒸発してしまった作業員がいる」。

 これらはホデムチューク氏についての説明に尾ひれがついたものであると考えられる。ウクライナ、イヴァンキウで1951年3月24日に生まれたヴァレリー・イリイチ・ホデムチューク氏は、チョルノービリ原発の立ち上げ当時から勤務しているベテラン作業員だった。当時「夢の技術」だった原子力は明るい未来の象徴で、従事する人達も皆若かった。チョルノービリ原発の所謂「原発ムラ」、プリピャチ市の平均年齢は当時26歳だったという。35歳の彼も年寄りの部類だった。

 彼が上級技師として勤務していたポンプ室は、原子炉の冷却と発電のための水を循環させる、原発の心臓と言うべき場所だった。高圧のパイプが通り、場所的にも原子炉のすぐ隣で、危険性も高い。運命の1986年4月26日深夜、コントロールルームでは原発の安全性試験が行われていた。

 この実験は停電時にどうやってポンプを動かし続けるかを実証するものだった。日勤組が行うはずだったが諸事情で予定がずれ、夜勤の運転員がやることになった。急なスケジュールの狂いで伝えられる暇がなく、ホデムチューク氏らコントロールルームの外で働く夜勤の作業員は、そのような実験があるとは知らなかったようだ。

 あまり目立たないが、HBOのドラマ「チェルノブイリ」第五話にはホデムチューク氏も登場している。シフト交代時の更衣室にパンツ姿で登場し、バイクを売りつけられそうになって食い気味に断っている大柄の男がそうだ。事故発生二分前に、妙な振動を起こすポンプを訝しげに見ている姿も描写されている。

三号炉(事故現場ではない)のポンプ室

 事故発生の経緯は非常にややこしく、現在でも諸説ある。とても丁寧に説明しているドラマ「チェルノブイリ」も、説得力のある説を採用したに過ぎない。しかし事実として午前1時23分40秒、原子炉は爆発し、隣接するポンプ室も巻き込まれた。

 この瞬間から現在に至るまで、ヴァレリー・イリイチ・ホデムチューク氏を見た者はいない。彼の遺体は回収されないまま、四号炉を丸ごと覆う「石棺」の中に葬られた。

 稀に、『回収できなかった作業員「達」の遺体』という記述を見ることがある。しかし実際、まだあの中にいるのはホデムチューク氏ひとりだ。他にいたとして、ここまで事故の詳細が公開されているのに隠蔽し続ける理由が無い。

 また回収されなかった理由は「放射線量が高過ぎた」からだと言われる。半分は正しいが、事故直後、爆発で負傷しなかった作業員の多くは危険を省みず同僚を探し回った。実際ウォロディミル・ムィコラヨヴィチ・シャシェノク技師やヴィクトル・ミハイロヴィチ・デフチャレンコ技師は危険な区域から救出されている。ホデムチューク氏は見つからなかったのだ。

 ドラマ「チェルノブイリ」第一話ではホデムチューク氏を捜索する作業員達が映し出される。「ヴィクトル」と何度も呼ばれる大火傷を負った作業員はデフチャレンコ氏だ。「306に居る」と言われたシャシェノク氏は、ドラマでは描写されないが、瓦礫が直撃し意識不明の重体だった。爆発直後に亡くなったと思われるホデムチューク氏に次いで、搬送先の病院で意識を取り戻すことのないまま永眠。事故当日に亡くなったのはこの2名だけだ。ほかの犠牲者と違い、放射線障害に苦しむことが無かったが、それを不幸中の幸いと言ってよいかは分からない。

 ホデムチューク氏が見つからなかった理由について、「あまりの高温で蒸発してしまった」と書いているサイトや動画も複数存在する。恐らく同じ核の脅威ということで広島の「人影の石」から連想されたのだろうが、これはナンセンスだ。第一に、同じポンプ室にいたデフチャレンコ氏は顔面に酷い火傷を負ってはいたが、人間の形をしたまま救出され3週間後に放射線障害で亡くなっている。第二に、原爆で人体が跡形もなく蒸発するということ自体否定されている。

 ホデムチューク氏は原子炉からポンプ室まで吹き飛ばした爆風を受け即死したと考えられている。重度の熱傷を負い、衝撃波である程度分解されてしまったかもしれないが、遺体はしっかりそこにあるだろう。しかし爆発で天井が崩れたため、彼の体は埋まってしまった。助けにきた同僚達は瓦礫の下のホデムチューク氏を見つけられず、原子炉火災が鎮火した後は線量の問題で再捜索に入れなかった。

 彼の遺体が腐敗しているかいないかは、誰も知らない。見た人がいないのだから。ただし、原発近郊の通称「赤い森」では、枯死した倒木の分解が明らかに遅いという記事を読んだことがある。放射線量が高い場所で微生物による分解が鈍化するのは事実らしく、開いた炉心の近くであれば、現在でもそれなりの殺菌効果があるかもしれない。しかし現在のポンプ室跡地の線量を調べられなかったので、あまりはっきりしたことは言えない。

 ただし、線量が落ちるまで待つか放射線耐性のあるロボットに作業させるなどして遺体を掘り出しても、生前のようなきれいな姿で現れることは残念ながら無いだろう。まずもって爆風と熱傷が死因であるし、腐敗はしなくとも自然の風化作用は徐々に働く。放射線が物を脆くすることも知られている。

 チョルノービリは、ベラルーシを出発してキーウを攻める際に通り道となる。ロシア軍が戦闘を開始したと聞いて、ひとのお墓のすぐ側でなんて事をしてくれるんだと思ったものだ。プリピャチは住むことはできないが、数時間滞在したから死ぬという場所でも無い。石棺が見える場所まで観光するツアーも存在したし、ホデムチューク氏がここに眠っている事を示すモニュメントも作られている。

 いつか、彼に花を手向けにゆこうと思っていた。まだロシア語がうまく読めないので、彼の人生がどんなものだったかはわからない。断片的に読み取れたところからは、母親思いの優しい人だったことが伝わってくる。

遺影と母

 彼が眠る場所は良いお墓とは言えないが、少なくとも静かだった。ホデムチュークさんを叩き起こすような状況が早く終われば良いなと思う今日この頃だ。ご冥福をお祈り致します。

2022年4月26日