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えんぴつの夢

 泣きながら夢から覚めた。今までも何度か経験している現象だ。今回は夢の記憶がある程度残っていたので急いで枕元の紙に書き留め、Wordに清書した。

 用水路のようなコンクリート造りの、大人数人が腕を広げたくらいの幅の河がある。中には小島のような場所もあって、ガマかススキが生えていた。私は坊主頭にランニング姿の小学生くらいの男の子と、その河を渡ろうとしている。どうも私も小学生の体格になっているらしく、渡河は困難に見えた。水面と対岸のコンクリートの地面には30cmほどの段差があり、壁が垂直なので這い上がるのが大変そうだ。

 私たちはまず、荷物を濡らさずに対岸に渡すことにした。腹まで浸かるような濁った水の中を、足で出来るだけ高い足場を探して歩き、バケツリレー方式で頭上に掲げた荷物を対岸へ対岸へと送っていった。私は受け取った荷物を対岸に押し上げる役の方だった。途中から船みたいなものを使ったかもしれないが、記憶が曖昧だ。

 やっと荷物をぜんぶ渡し終わり、我々が対岸に登る番になった。身軽になったので、2人がかりでなんとかよじ登った。お互い泥だらけでクタクタだが、達成感があった。

 私は、「戦利品の山分けをしようよ」と言って、川岸にあった机くらいの高さの台にえんぴつをざらっと広げる。そういえば荷物を渡している時、えんぴつの束を受け取ったような気もする。小学生が使うようなキャラクター物のカラフルなえんぴつだが、黒鉛で薄汚れ、印刷も剥げて六角の角は白くなっている。

 私とランニングの少年は、じゃんけんをして勝った方から好きなえんぴつを選んでいくことにした。最初のひと勝負、チョキを出して私が勝った。並べられたえんぴつを見渡して、いちばん短くちびて色も落ちた一本に呼ばれている気がして、私は迷いなくその小さなえんぴつを先の方から手に取った。

 その瞬間、一緒に河を渡り、えんぴつを分け合っているこの少年は数十年前の父だと気がついた。顔も声もはっきり認識したわけでは無いのに、何故だか私は少年時代の父と対面したのだという確信があった。そのイメージが頭に浮かんだ時、涙腺がぎゅっと絞られるような感覚を覚えて夢から引き出された。目が覚めると、両目から涙が流れていた。

 何でこのような夢を見たのか見当もつかない。父に何かあったわけでもなし。昨夜はアブサンに、植木鉢から拝借したひと枝のニガヨモギの葉を漬けて飲んだ。ニガヨモギに含まれるツヨンという成分には幻覚作用があり、明晰夢を見る薬としても使われたらしいが、理屈上こんな少量で作用するような気はしない。えんぴつの束を広げるイメージは、昨日食器洗い機から箸の束を取り出した時の触覚が影響したのだろうか。

 私はこういうノスタルジックな情景に弱い。以前にもあった「目覚めた時には泣いている」経験も、こういう見知らぬ懐かしさを感じるような夢のせいだった気がする。こういう起き方をすると一気に目が冴えて、ふつうに目覚めるよりも気持ちがいい。今日は何と無くいい日になりそうだ。父にメッセージでも送ってみようかしら。

2022年4月17日

サムネイル画像:商用OKの無料イラスト素材サイト ツカッテ 様より