カフェ・ロマーノ
サムネイル画像:商用OKの無料イラスト素材サイト ツカッテ 様より
いやあしかし、あのタイムマシンってやつはケッタイなもんでえございます。過去へも未来へも行きたい放題ってんだから始末がおけません。お偉い皆さんは研究用だ、歴史の検証だとか言って、辞書みたいなオキテをこさえて守りましょうねと仰るが、ああも設計が簡単じゃあモグリも大勢出るのは当然です。パラドックスなんか犬にでも食わせちめえという具合でしてね、なんせあんな儲かるものはございません。
私もこの間、友人にモグリでタイムマシンを一機貸してもらいましてね。カフェでバイトしてたもんで、適当に安物の豆と機械そろえてひと稼ぎとしゃれこみました。行先は古代ローマ。なんてったってあの方々、お金は沢山持ってらっしゃるし、金貨は500円玉みたいなケチな黄色い合金じゃございません。泣く子も黙る本物の金でございます。おまけに奴隷ってのが沢山いましてね。市民はこの人たちをこき使ってずいぶん暇を持て余して、昼間っからお散歩なんかしてらっしゃる。
その辺の道端に屋台をこさえて、おい兄ちゃん、うまいコーヒー要らねえかと声をかけたんでございますが、何だいそのコーヒーってのは。酒かい?なんて聞いてくる。そりゃあお前、酒入りのもあるにはあるが、シラフでゆっくり飲むのが一番うめえんだぜ。なんだあ酒じゃねえのか。茶みてえなもんかい?ああまあ、茶と言われりゃあ茶かもしんねえなあ。これがコーヒー豆っつうもんで、これを焼いて焦がして粉にして、湯をかけりゃあ出来上がりさね。なに、豆の茶だって?気持ち悪いもんを考えたね大将。
後で聞いた話なんですがね、当時の飲み物と言ったら大抵はワインか薄いビールみたいなの、ノンアルコールだと牛乳かお茶しかなかったそうで。そのお茶っていうのも我々が飲んでる緑茶や紅茶じゃなしに、今でいう麦茶やハーブティみたいなもんしか無かったそうなんですな。心臓には良いかもしれませんが、どうもこれじゃあシャキッとしない。
どれ兄ちゃん、気持ち悪いって言うなら作ってやるから見てってくれよ。この豆をこうやってゆっくり焦がしてやるとほら、いいにおいがしてくるだろ?最初は怪しそうに見ておりましたローマ人のお兄さんも、コーヒーの焙煎の香りには負けたと見えて興味津々でございました。そのうち香ばしいにおいを嗅ぎつけて、豆を挽くころには屋台の周りはちょっとした人だかりになりました。
さあカップ一杯のコーヒーをお出ししますと、なんだいこの真っ黒いのは。ほんとに飲んで大丈夫なんだろうね?ずずっ、げほっ。にげえな。ずずっ。あーでも、なんだか頭がスッキリしてきたぞ。それに慣れてくると、ずずっ。こりゃあいいや。いろんな味がするもんだ。といって、大事そうに飲みながら頼みもしないのにべらべら感想を喋ってくださいまして。これを聞いちゃあ周りも黙ってはいられんものです。お代は?とお兄さん聞いてくるものですから、兄ちゃんは最初の客だからタダにしとくが、次から青銅貨一枚でどうだいと言ったら、なんだい吹っ掛けやがってと文句を言いはしたものの次の日も、また次の日も飲みに来て、しまいには家族連れで来てくださったものですからよっぽど気に入られたのでしょう。
周りに集まった人たちも高い高いと文句を言って何人かは帰りましたが、やっぱり試してみたい人もいてくださって、そこからは口コミで大繁盛でございました。儲けた金で日本から機材やらトッピングも買い揃えて、ツテもできたんで牛乳や蜂蜜なんかは現地調達で、カフェオレやらカプチーノやらウインナーやらメニューも増やしました。風呂上がりの連中にはコーヒー牛乳なんかも出したりして。酒飲みのローマ人といっても、いつの時代にも下戸ってのはいるもんです。酒代わりに良いだとか、女の子と遊ぶ前に飲むと元気になるだとかいろいろと評判になりまして、それはもうひと財産稼がせて頂きました。
さてそろそろ潮時かなと思っていた頃、屋台の行列の向こうからやたらに大きな声が聞こえてきます。ガタイのいい親父が、偉そうに部下を何人も引き連れて講釈を垂れてらっしゃいました。ははあ、ありゃ奴隷に毎日テイクアウトさせてたお偉いさんにちげえねえ。部下の連中に奢ってやろうってんだな。どれ、私もひとつ古代ローマのお大尽様の食レポ、いやいや飲レポを拝聴賜ろうと聞き耳を立てておりました。
諸君、コーヒーの種類は数あれど、やはり王道はブラックであるぞ。牛乳だ蜂蜜だと混ぜ物をすると、どうも味がぼんやりしていかん。それにあの目が覚めるような黒い飲み物を薄めてしまっては、得られる活力も半減というもの。誇り高きローマ人たるもの、コーヒーはブラックである。
とまあ知ったような口をきかれます。相当なお偉いさんと見えて、身なりの言い取り巻きの皆様もへーこら頷いて苦笑い。列が進んで連中が近づいてくると、どうやらお大尽様は一番後ろで、前に並んでる部下どもが何を頼むか目を光らせてらっしゃる。なんとまあ鬱陶しい上司です。もちろん皆様注文はブラック。私の仕事は減って助かりはしますが、嫌そうな顔で頼んでいく甘党のお客さんにこう苦笑いを向けてやると、向こうもしょうがねえさって顔で受け取っていくんで居たたまれません。
さていよいよお偉いさんの番が近づいてまいりましたが、ひとつ前に並んでいる部下はお偉いさんと仲が良いようで、やけに親しげに話してらっしゃる。後ろからでも聞こえたお偉いさんの声は近づいてきてもでっかいままで、ブラック万歳、ミルクは邪道と何度も繰り返されるんで耳にこびりついちまいそうでした。しかし一個前の腰巾着は付き合いが長いのでしょうね。さもその通りだ、というような顔でこうウンウンうなづきながら聞き流してらっしゃる。
パワハラ上司の扱いもここまで来たら一級品でございます。私も感心しちまってるうちに、その腰巾着の番がやってまいりました。へえらっしゃいお客さん、初めてですね。今日はおボスの奢りですかい?ただのボスではない。このお方は我らが永久独裁官、ガイウス・ユリウス・カエサル様にあらせられるぞ。ははあこれは御見逸れいたしました。道理で大変な威厳でいらっしゃる。大変な方にお仕えしてさぞ光栄でございましょう。ご注文はブラックでよろしかったですかい?いや、モカをたのむ。
は?
聞こえなかったのか?私はカフェモカを所望であるぞ。あんまり意表を突かれたんでつい聞き返しちまいました。それよりびっくりしたのは大皇帝さまで、目をまん丸にしてさっきまでの重々しさはどこへやら。素っ頓狂な声でこう仰いました。
ブルータス、お前モカ?
あとがき
帰省から大学に戻る運転中、ふと思いついた「ブルータスお前モカ?」というダジャレをなんとか成立させようと舞台設定を練っていたら、落語モドキになった。最初はタイムマシンがいろんな時代に放置されて、カエサルたちが現代日本にやってきてスタバに来店するというストーリーにしていたが、披露した相手から「前置きが分かりづらい」とのコメント。それもそうだということで、逆にコーヒー屋が古代ローマで一儲けするという筋に変更した経緯がある。
結局それがやりたいだけじゃねーか!というネタなのでネットに放流するのは恥ずかしいが、誰かに言いたい欲には勝てなかった。おかげで古代ローマのドリンク事情など知識も得られたので、思い付きでもそれなりに形にするといいことがある。なおコーヒーの値段に青銅貨一枚(1デュポンディウス)がカエサル時代の貨幣価値でどうなのかはよくわからない。
本稿の第一バージョンでは最後に「お後がよろしいようで」というオチを付けていた。しかしどうもこのセリフは本来、お後=次の演者の準備がよろしいようなのでここらで切り上げますという、場繋ぎの語りを終えるといった場面で使うものらしい。用意された話を語りつくした後のセリフとしては不適当ということになるので削除した。
ちなみに筆者はコーヒーは大好きなのだが、母譲りでカフェインに弱く飲むと動機がし、眠れなさも酷い。うっかり三杯も飲んだ日など、悲しくもないのに涙が止まらないという感情バグが発生した。好きなのに飲めても午前中に一杯程度という不便な体である。
2022年4月17日
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