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Ч1. チェルノブイリの苗

2022年4月16日

 ЧはChに当たるキリル文字で、チェルノブイリ関係の投稿のナンバリングに使用します。

 2月に注文したチェルノブイリが、今日ようやく届く。注文した当時はよもやロシア軍がチョルノービリを荒らし回り、放射線障害と思われる患者まで出すとは考えもしなかった。チェルノブイリ原発事故自体、多くの人命が失われた全く笑い事ではない惨事だが、チョルノービリが直近の悲劇の現場になってしまっては、チェルノブイリ栽培についての記述のテンションを大幅に下げざるを得ない。間違っても「チェルノブイリは草」などと言ってはいけないご時世だ。なんてことをしてくれるのか。

 上の文章の意味が一発で分かった方は、ぜひ友達になってほしい。チェルノブイリとは、キク科ヨモギ属の植物の名前だ。学名はArtemisia vulgarisという。日本のヨモギとも近縁で、ヨーロッパ周辺に広く自生している。特に珍しくもない雑草だが、ハーブとしても用いられた歴史がある。和名はオウシュウヨモギで、ロシア語での通称名のひとつがチェルノブイリニク、あるいはチェルノブイリだ。

チェルノは黒いという意味で、高校地理で習うウクライナの肥沃な土壌チェルノーゼム(黒土)や、ロシアの民間伝承で死神にあたるチェルノボーク(黒神)など、他にも用例は多い。ブイリは茎という意味で、チェルノブイリは黒い茎を持つArtemisia vulgarisの外見を説明した名前だ。ニクはスプートニク、ナロードニキ等に見られる「〜の人」、「〜なやつ」のような使い方をする接尾辞である。ロシア語のスペルで検索した限りではニク付きのチェルノブイリニクのほうが植物名として一般的なようだが、ニク抜きのチェルノブイリを併記しているページも多いため、「チェルノブイリとは草の名前である」と言って間違いにはならないだろう。

 このArtemisia vulgarisが沢山生えていたのか、ハーブとしての名産だったのか理由は調べていないが、名前を取ってつけられた地名がウクライナ・チョルノービリだ。世界からは、チェルノブイリ原発事故のあった場所として認識されているだろう。

 日本政府の意向で、これまで慣例的にロシア語読みされていたウクライナの地名をウクライナ語の発音に近い表記に変えることになった。キエフはキーウに、ハリコフはハルキウに、チェルノブイリはチョルノービリになる。「ジャパン」と呼ばれているわしらはどうなんじゃと言いたい気もするが、戦時下のナショナリズムとはそう簡単なものではないのだろう。私も今後、地名を指す場合はチョルノービリを使うよう心がけようと思う。

 だがしかし、チェルノブイリ原発事故という出来事の名前まで変えることは私はしない。現存する建物は主にウクライナが管理しているから今チョルノービリ原発と呼ぶことに異論はないが、全世界に名が知れ渡っている過去の「事件」の名前を今更変えるのはよろしくないと思う。また、植物としてのチェルノブイリにウクライナ情勢は関係ないので、これからもロシア語読みを採用しようと思う。

 で、ようやく本題に入る。私は今年2月にインターネット通販でチェルノブイリの苗が売られているのを発見し、とある疑問を解決するため、ニガヨモギの苗とともに購入した。数年前から抱き続けていたその疑問とは、「素人にもわかる程度にニガヨモギとチェルノブイリに外見的差異があるか」というものである。

 チェルノブイリ原発事故・黙示録予言説というものがある。新約聖書の最終巻にして終末の予言を記した「ヨハネの黙示録」の8章10、11節にこう書かれている。

 そして、第三の天使がラッパを吹いた。すると、松明のように燃え盛る巨大な星が天から落ちて、三分の一の数の川と源泉との上に落ちた。その星の名前は「苦よもぎ」と言われる。そして、水という水の三分の一は苦よもぎのように苦くなり、〔あまりにも〕苦くなったものだから、その水を飲んで多くの人間が死んだ。

 燃えるような巨大な星の墜落は真夜中に起こった原子炉の爆発を指し、チョルノービリ原発は国際河川であるプリピャチ川の付近に建てられている。またメルトスルーによる地下水汚染も懸念された。吹き上げられた放射性物質は、遠隔地の飲み水にも混入したかもしれない。そして、「ニガヨモギ」をロシア語で「チェルノブイリ」と呼ぶ、との言説が広まり、黙示録の記述がチェルノブイリ原発事故を示唆していたのではないかとオカルト界隈を賑わせた。

 まあ、偶然だろう。チェルノブイリ原発事故の後、汚染された牛乳を飲んだことで甲状腺がんが多発したという事実は有名だが、川の水で致命的な被害があったという話は聞かない。影響がないと言う意味ではなく、長期的な意味で寿命が縮んだ人はいるだろうが、「多くの人間が死んだ」というニュアンスではない。

 しかし、最も根本的かつ有名な「黙示録予言説」への反論はこう言うものだ。チェルノブイリとニガヨモギは別種である。チェルノブイリはArtemisia vulgaris、ニガヨモギはArtemisia absinthiumで、ロシア語でもウクライナ語でも別々の俗称で呼ばれている。聖書のニガヨモギは苦難、苦汁の比喩で、チェルノブイリとは全く関係ない。

 決して都市伝説を擁護する訳ではないが、私はこの論には懐疑的だ。黙示録を書いたヨハネさんは植物学者ではない。しかも恐らくイスラエル出身で、気候的にチェルノブイリもニガヨモギも生息していない場所で育っている可能性が高い。ど素人のヨハネさんはそもそも、見慣れない近縁の2種を区別できたのだろうか。

 問題はさらに複雑で、伝承上の福音記者ヨハネの足跡やギリシャ語アプシントスなど、深掘りするほどややこしくなってゆく。字数が増えすぎるので、よりオタクじみた話は別の記事に譲ろうと思う。

 ともかくも、私はチェルノブイリとニガヨモギがどの程度似ているのかを確かめたくなった。両者ともハーブであるので、日本国内のハーブガーデンで取り扱いがあったのが幸いだった。相手が生き物であるので頼んですぐ届くと言う訳にはいかず、2月に注文してようやく今日届く。既に植木鉢や土は用意してあり、植え替えて日光灯の下に配置するのが待ち遠しい。

 チェルノブイリらの栽培・観察記録はこのブログにつけようと思うし、黙示録予言説についての屁理屈も捏ねつくしていない。チェルノブイリ関連記事はそれなりにシリーズ化するだろう。園芸はど素人で、ヨモギ属の丈夫さに寄りかかった計画のため、園芸ガチ勢の皆様からすればありえないような事もやらかすかもしれない。そう言う時はぜひ、こっそり優しく教えていただきますようお願いします。

2022年4月8日